◆ 鬼太鼓囃子について
7つの小さな9kg程の太鼓-締太鼓を中心に演奏されます。
素早く跳ね上げるバチさばきが特徴です。
この曲は「魂を入れる」という意味の「たまいれ」をもとに作られました。
◆ 打つ八丈について
八丈は東京の中心街から南にある小さな島です。
400年前、日本を二つに分ける関ヶ原の戦いがありました。
この戦いに敗れた宇喜多秀家は、八丈島に流され、
生涯この島を出ることがありませんでした。
彼は熱い望郷の想いを、刀を真似た二本のバチで太鼓を打ち鳴らして表し、
こう歌ったといわれています。
「音は消えない、我が音は消えない」
太鼓叩いて、人様寄せて
わしも言いたいことがある
心あらば波よ、我が音を運べ
◆ 大太鼓について
大太鼓とは、文字通り大きい太鼓のことです。
木製で直径は150㎝、重さは300㎏以上もあります。
締め込み姿で打つのを勧めたのはデザイナーの
ピエールカルダン氏、背中を観客向けるスタイルは
「背中で演技をする」といわれたフランスの名優
ジャン・ギャバン氏にヒントを得て、
鬼太鼓座の創始者・田耕が作り出したものです。
故 田耕(でん・たがやす)鬼太鼓座創始者の言葉
「大太鼓の三つ巴あるだろ、あれ馬にしちゃえ!」
「馬の走るリズムが大太鼓の基本になっている。」
「速く、力強く走る。しかも美しくなきゃいけない。」
画家 乾敏夫(いぬい としお) の言葉
「感性ネ!バーと動きだもん。」
「私の馬はネ、残るの。あと2世紀は残るの。」
「大東亜戦争の時に騎兵隊にいたからね。こういう絵が描けるの。」
「だから次の世代の人にはこういう絵は描けないの!」
◆ 屋台囃子について
大昔の、南の島の人々は、北の国にユートピアがあると信じて、
船を造って次々と日本に渡ってきました。
しかし日本に着くまでには、嵐や荒波や台風を乗り越えなければなりません。
そこで船上の人々が太鼓を連打して、荒波にぶつかるこぎ手の恐怖心を和らげ、
小さな太鼓のリズムで息を整えて、頑張れ!頑張れ!と励ましたというのが、
屋台囃子のいわれです。
鬼太鼓座の屋台囃子は、1945年3月10日未明の浅草大空襲で48人中41人の
旧友を失った田耕の少年時代の心象風景を加えた創作で、
亡くなった仲間たちへ田からの鎮魂歌です。
